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リフトアップカット・砂山国男

石笛

カタカムナ文献が出土した
六甲山系は古代文明の宝庫

 近ごろ、私自身が求めたからであると思うのですが、古史古伝や神事に興味のある人たちが日本中から訪れて来られるようになりました。
 私は神戸の六甲山の麓に住んでおり、この六甲山には、実に興味深い遺跡がいたるところに点在しています。ですから、古史古伝や神事に興味がある方にとっては、非常に神秘的で魅力的な場所だといえます。
 そんな古来からの導きがあったのでしょうか、私にとって運命的な出合いが待ち受けていたのです。

 甲山森林公園やみごとな夜景で名高い甲山は、カタカムナをはじめとする、さまざまな古代の伝承が眠っているスポットです。
 「カタカムナ文献」とは、古史古伝のなかのひとつで、『古事記』や『日本書紀』といった公式文書ではなく、学問的には認められていない古文献のことです。
 神代文字で書かれた一大叙事詩『秀真伝』をはじめ、「Hado」でもご紹介された『竹内文書』や、東北地方の知られざる歴史書『東日流外三郡誌』。
 また『富士古文書』ともいわれ、浅間神社に保管されている『宮下文書』は、中国の始皇帝に仕えた除福が不老不死の薬を求めての旅について書いたもので、富士太神宮に伝わる歴史を編纂した書。山の民サンカのことを記した『上記』などもあります。
 なかでも、「カタカムナ文献」は、物理学者、楢崎皐月(1899〜1974)氏が、1949年に兵庫県六甲山系の金鳥山で穴居調査中に入手した古文書です。平十字という老人から見せられた巻物を筆者した図象80枚が文献として現存し、今から3〜5万年前の日本人が直感した宇宙の本質を捉えた哲科学が著されています。
 宇宙の成り立ちや特徴、物質や生命の誕生と本質、農業や製鉄技法、病気の治療法、人間の思考、商人道の心構えなど、多岐にわたる8分野が表されていることから、これが単なる古文ではなく、現代にも通じる「科学書・哲学書」、つまり「哲科学書」であるといわれています。
 現在は風化が心配され、封鎖状態になっていますが、この「カタカムナ文献」が世に出現したともいわれる金鳥山の穴居がある六甲山系は、古代史ファン垂涎の神秘ポイントなのです。
 そのほかにも、布引の滝、石の宝殿、吉高神社のそばの湧き水、穂日の命の磐座、小さなストーンサークルなど、古代に思いを馳せるものに事欠くことはありません。

奉納すべき音とは
自然がつくり出した音

 あるとき、いつものように仲間やお客さまを案内し、六甲山の古代ポイントを訪れたときのことです。今回は、何故か神前に音楽を奉納したいと思い、龍笛と尺八の奏者を同行していました。到着後、奉納演奏をしたものの「何となくしっくりこない……」と直感したのですが、いったいどのような音がふさわしいのかは、そのときはまったくわかりませんでした。
 数日後、いつも行く須磨の海岸を歩いていて、小さな石ころを手に取りました。それは茶色い石で、腹の部分にくびれのような、指で突いたような穴のある石でした。
 その日から何とかこの石で音を奏でたいと思い、縦にしたり、横にしたり、いろいろと角度を変えながら吹いてみるのですが、なかなか音は出てはくれませんでした。
 そういえば、先日来、神前で音を奉納したいと思いついたことを思い出し「あぁ、奉納する音は、きっとこの石笛の音だ!」と、ひらめきました。私はその直感を信じながら、練習を続けました。 そのときから時間があると石ころとの格闘です。しかし「ピー」どころか、ウンともスンとも鳴ってくれません。そして6ヶ月間練習を重ねたころ、かすかに音が出るようになりました。

次々と手元に集まりだす
音の源、石との出合い

 さらに数年後、家族といっしょに淡路島の海岸を散策していたときのことです。どこからか気になる視線を感じ、見るとそこには小石がありました。手に取ってみると、何とまたこれが「石笛」としかいいようのない石だったのです。白い石だったので「白菊」と名付けました。
 それを持ち帰って磨き、撫でたり、さすってかわいがっていたある日、口に当てて吹いてみると、いきなり「ピーッ」と、すばらしい音が出たのです。
「これだったのか!」
 その音は、あのとき神前で感じた「何となくしっくりこなかった……」という気持ちを一掃してくれるような、私にふさわしい、納得のいく音でした。
 音が出るようになってからというもの、神社に出かけるときのみならず、外出時には必ず石笛を持ち歩くようになりました。
 そして、どこかの町へ出かけたとき、参拝する折には祝詞に加えて石笛を奉納するようになったのです。

時空を超えた緑を感じた瞬間
祖母の形見に石笛が

 それから数年後、またもや、不思議な出合いが待っていました。
 妻の祖母は昭和初めごろ、四国から上京し、西洋医学を、さらに東洋医学をも修得し、神戸で医院を開業していました。
 とにかく医者として、ひとりでも多くの人を助けることが人生の目的だった人で、みんなから「赤ヒゲ女医さん」と親しまれた女傑だったようです。
 その祖母が亡くなった後、長い間、放置されていた遺品の整理をしていた妻が言ったのです。
「これはあなたが必要なものではないの? もしかしたら、あなたのものではないの?」と。
 そのとき妻が私に見せたのが古ぼけた古代布の袋に入った「黒い小さな石」。なんと、石笛だったのです。

石は地球の破片
石笛とは石に振動を注ぐこと

 太古の昔、燃えさかる地球が少しずつ冷えて固まり、石ができました。時代や環境によって、ダイヤモンドのように、硬質でも衝撃に合うと簡単に壊れてしまうような石になったり、翡翠のように衝撃に強い石になることもあります。
 その後、順番に大気、水、微生物、植物が誕生したといわれています。つまり、地球上でもっとも早く分離したのは石。石は地球の破片なのです。
 たとえば、地球といっしょに燃えさかる状態のなかで、何かの拍子に、手の平におさまるほどの小さな固まりに分離し、そのとき偶然に空洞ができ、石笛の原型ができた……。その後、冷えて固まったとき、石笛の形になった……。それを偶然、手に取った人が何となく口を付けて息を吹きかけると「ピーッ!」という、実に単調で深い音が出た……。
 太古の昔から、いくつもの偶然が連なり、自然に生成された石が、人間の呼吸によって、振動を起こし、音を発することになったのです。
 石笛がいかに奉納にふさわしいか、という所以がここにあるようです。

六甲山麓で聞いたお告げ
その真意とは

 実際に石笛を吹くようになってから、知人数名とともに、神社に奉納を繰り返してきました。
 ある人は、笛の音と同時に瞑想状態に入り、さまざまな映像を見ることがあるといいます。
 六甲山麓にある菊理媛のほこらの前で、浅黒い肌の色をした菊理媛の額が割れ、その間からしなだれるような女性らしい神様が生まれ、続いて真新しい石仏が生まれるビジョンが見えました。そしていわく「いずれも我になるぞ。心得よ」と言ったところで、石笛が終わっています。
 そういえば、山肌をぐるりとひとまわりしたところに、真新しい菊理媛の石仏が立っていました。あまりにも石が真っ白だったので、なんだかありがたみがあまり感じられず、また誰が建立したのかわからなかったのです。通り過ごしてしまっていたのです。
 下山するときにはその無礼を詫び、その石仏にも石笛を奉納すると、再び声が聞こえてきました。
 「世の中に理不尽なことが起こるのは、それをあぶり出してブラックホールに入れるためであるぞ。地球にもブラックホールがあるぞ」というなんとも意味深なお告げ(?)でした。
 「神前に奉納したい」という思いから出合うことになった石笛は、地球の一部です。ということは、私は地球に息吹を吹き込み、神に奉納していることになります。そう思うと、心より納得、満足できるような気がします。

隅田川からの出発

 そしてとうとう、2006年の夏に、石笛を持って奉納巡りをしたいと思い立ちました。
 まず最初は、結晶とのご縁をいただいたことから、IHMさんの事務所のすぐそばを流れる隅田川を訪れ、ペットボトルに入れた蒸留水に石笛の音を聴かせてみました。そのときの結晶が、この写真になります。私が立ちました隅田川の川岸は、すぐ目の前に交通量の多い高速道路が交差し、車も右往左往し、船も行き交うという、いわば都心の真っ直中にあります。そのようなところですが、石笛を聴いた水は、美しく結晶してくれました。本当に感謝です。 図らずも義理の祖母から受け継ぐかたちになった石笛。今、それは私の懐で深〜い、深い、地球の呼吸を続けているような、そんな気がしています。
『響 HiBiKi』のCDをつくるために、始めの石笛を聴かせた結晶「元始・もとはじめ」。

kessyou

「Hado」

hibiki_cd

石笛CD 〜 響 HiBiKi 〜 砂山國男
天庭降神/Amatsukuni Kamikudashi

1. 元始 motohajime(7:21) 2. 調和 yokomusubi(6:56)
3. 天地 tatemusubi(3:46) 4. 和合 nigimusubi(2:52)

通信販売を開始致しました。
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